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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)328号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

一谷好文

外六名

被控訴人(附帯控訴人)

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

山下潔

中村康彦

秋田真志

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人)の当審拡張請求による附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金一三万円及びこれに対する平成四年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求(当審拡張請求を含む)を棄却する。

三  当審における訴訟費用のうち、控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、当審拡張請求にかかる訴訟費用はこれを一〇分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の、その九を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

四  この判決の二項1は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)の請求(当審拡張請求を含む)及び附帯控訴を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金一三〇万円及びこれに対する平成四年四月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え(金三〇万円とその遅延損害金の請求は当審拡張請求)。

3  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言。

第二  当事者の主張

一  当事者の主張は、次項のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。

1  原判決二枚目裏六行目文末の次に、次のとおり加える。

「なお、被控訴人は、平成三年一二月勾留の執行停止を受けて白内障の手術を受けたが、平成四年三月二六日に再収監された。しかし、手術後右眼の視力が低下し、薬物投与による加療が必要となっていた。」

2  同四枚目表六行目の「上着」を「上着(なお、被控訴人は当日、トレーニングウェアの上にさらに前開きの上着を着用していた。)」と改める。

二  当審附加主張

1  控訴人

(1) 未決拘禁者が、拘置所外への護送の際に戒具を使用され、手錠及び腰縄を使用された姿が公衆の目に触れ、その結果として、名誉心等が害されて何らかの精神的苦痛を受けたとしても、それは未決勾留そのものが予定する合理的な範囲内の免れ得ない不利益であり、未決拘禁者が受忍すべき範囲のものである。したがって、例えば、未決拘禁者の名誉への配慮が全くされず、手錠等を使用している未決拘禁者の姿を殊更公衆の面前にさらすものでない限りは、国家賠償法上違法となるものではない。ところが、原判決は、この点について、護送中の手錠及び腰縄を使用した未決拘禁者の姿を公衆の目に触れさせることが、「やむを得ない特段の事情」があるとする場合を除いては、直ちに違法な加害行為になるかのように判示している。これは、護送職員に不可能を強いる結果となり、未決拘禁者の自由の制限法理を正解しない不当なものである。

(2) 被控訴人は、本件護送の当日は、丸首の、前開きのできないトレーナーを着用していたため、両手錠を隠すことは物理的に困難であったと主張し、原判決もそのように認定している。しかし、当日被控訴人が着用していたトレーナーには、前開きの上着がついており、被控訴人が両手前手錠を隠すことは容易であった。事実、被控訴人は、本件護送後、弁護人あてに発送した手紙(乙五)の中で、前開きの上着を着用してその中に手錠された両手を見られないように隠していたと述べている。本件護送の次の四月八日の護送の際には車椅子が使われたことを被控訴人も自認しているのであるから、右手紙の記述は、本件護送時のこと以外ではあり得ない。したがって、右記述は、原審坂本証人の証言と相まって、被控訴人の主張が真実に反することを示すものである。

また、護送職員が被控訴人の前後を挟んで歩き後ろの職員が片手を被控訴人の腰背部に密着させていたのは、被控訴人の姿や腰縄が一般患者の目に触れないようにとの名誉感情保護の配慮からである。原判決がこれを「異様」と評価し、そのことを重要な前提として本件護送を違法としたのは、著しく不当である。

(3) 本件当日は、一般外来患者が多数来院する時間帯である午前一〇時三〇分に一般患者が多数いるであろう大阪赤十字病院眼科外来受付へ護送するよう護送指揮がなされていた。護送職員としては、被控訴人の名誉感情保護等のため連行経路、連行手段、待機場所、護送職員の私服の着用、戒具の使用法等多くの点で可能な限り種々の配慮をした。そのうえで、被控訴人の手錠姿をでき得る限り人の目に触れないようにしたが、本件護送の目的である眼科受診のためには、一般患者らの存在する眼科外来の廊下や検査室等を通って連行せざるを得なかったのである。したがって、その限度で、その場に居合せた一般患者等に手錠・腰縄付の姿を見られることになったとしても、そのことについては、原判決の一般論にいう「やむを得ない特段の事情」があったと評価すべきである。

(4) また、前項のような事情である以上、仮に本件護送方法によって被控訴人の姿を一般患者の目に触れさせたことが違法であるとしても、これについて護送職員に過失があるとするのは酷に過ぎるのであって、過失はなかったといわなければならない。ちなみに、前記の日時に外来診察がなされることになったのは、被控訴人自身が退院・保釈を前提に予約をしていたためであり、被控訴人の弁護人もこれを承知していたのである。

(5) 本件護送においては、眼科受診という目的のため必要最小限の範囲内で一般患者の面前の護送がなされたもので、これによる精神的な苦情といっても極めて軽微な受忍の範囲内のものといわなければならない。被控訴人が本件護送から半年もしてから本件訴訟を提起し、殊更真実をゆがめて虚偽の陳述をしているのは、むしろ、本件護送を問題とすることにより、刑事裁判における勾留執行停止の申立てを有利に進めるためにされているのではないかとの疑念を抱かせるものである。

(6) 被控訴人の当審拡張請求の事実を争う。

2  被控訴人

(1) 控訴人の当審での付加主張は、憲法・人権規約の理念を理解せず、基本的人権の尊重という観点を無視した暴論である。この点に関する原判決の判断こそ、憲法一三条や国際人権規約七条、一〇条の精神に合致するものである。

(2) 手錠は腰縄の腹の部分の結び目と短い紐で結ばれているため、手の自由が利かない構造となっており、本件四月一日の護送の際に、被控訴人が手錠を自らトレーナーの下に隠すことは不可能であった。仮にそれが前開きのできるトレーナーであっても同様であり、それによって完全に手錠を隠すことは不可能である。

なお、控訴人が指摘する手紙は、本件護送時のことを述べたものではなく、その後の四月八日ないし四月二〇日の護送の時のことを述べたものである。このことは、被控訴人が拘置所でつけていた詳細な日記(甲六九)の記載からも明らかである。

(3) 当審拡張請求(弁護士費用)

被控訴人は、本件訴訟を被控訴人訴訟代理人らに委任したが、その弁護士費用としては、少なくとも三〇万円が相当であり、これは、本件不法行為と相当因果関係にある損害である。

よって、被控訴人は控訴人に対し、更に右三〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成四年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

理由

一  原判決の引用

当審における控訴人の主張及び証拠を子細に検討してみても、坂本看守らの本件護送行為は、被控訴人の人権への十分な配慮を欠いており、違法な加害行為であったといわざるを得ない。したがって、控訴人はその損害を賠償する義務がある。その理由は、次項のとおり控訴人の当審での主張に対する判断を付加するほかは、原判決の理由説示(原判決五枚目表一一行目から九枚目表一行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。

1  原判決五枚目裏一、五、六行目の「原告本人」をそれぞれ「被控訴人本人(原審)」と訂正し、同裏九行目の「午前一〇時三〇分ころ」の前に「平成四年四月一日」を加える。

2  同六枚目表一〇行目の「元の」の前に「外来患者らが診察の順番待ちをしている右の廊下を通って」を加える。

3  同七枚目表一行目の「証拠(」の次に「甲六九、七〇、」を加え、同行の「原告本人」を「被控訴人本人(原審及び当審)」と、同二から三行目にかけての「原告本人」を「被控訴人本人(原審)」と訂正する。

4  同七枚目表一一行目から裏一行目にかけての「トレーナーであったため」を「トレーナーであり、手錠と腰縄の前腹部の結び目との間も短かったため」と訂正する。

5  同八枚目裏一行目の「配慮に著しく欠けるもので」を「十分な配慮に欠けるところがあり」と訂正する。

二  控訴人の当審主張について

1  控訴人は、未決拘禁者の名誉への配慮を全くせず、その姿を殊更公衆の面前にさらすものでない限りは、国家賠償法上違法となるものではないと主張する。しかし、未決拘禁者を拘置施設の外に護送する際に手錠、腰縄等の戒具の使用が許されるのは、それが逃走等の事故を防止するためにやむを得ないからである。したがって、戒具等を使用する場合にも、その目的と矛盾しない範囲内では、可能な限り、手錠や腰縄がむき出しのまま公衆の目に触れないようにするなどして、とくに無罪の推定を受けている未決拘禁者に対してはその人権に対する十分な配慮を要することは当然のことといわなければならない。控訴人は、原判決が、護送中の手錠及び腰縄を使用した未決拘禁者の姿を公衆の目に触れさせることが、「やむを得ない特段の事情」がある場合を除いては、直ちに違法な加害行為になるかのように判示しているとして、護送職員に不可能を強いるものであると主張する。しかし、前示引用にかかる原判決の説示は、一見して分る状態で「護送に際し手錠・腰縄姿を公衆の面前にさらす」ような護送行為はやむを得ない特段の事情が存在しない限り違法たるを免れないとしたものである。そのうえで、本件のように「外来患者らに手錠が容易に見え、両手錠・腰縄付で護送されていることが一見して分る状態で」多数の外来患者のいる廊下等を連れ歩いたことは違法であるとしている。したがって、控訴人の当審付加主張(1)は、右原判決引用による説示を正解せずに非難するものといわざるを得ず、採用できない。

2  控訴人は、本件四月一日の護送の際被控訴人が着用していたトレーナーには、前開きの上着がついており、被控訴人が両手前手錠を隠すことは容易であったと主張する。そして、同月八日以降の護送の際には車椅子が使用され手錠を上着で隠す必要はなかったから、被控訴人が弁護人宛の手紙(乙五号証)の中で前開きの上着を着用してその中に手錠された両手を見られないように隠していたと述べているのは、四月一日以外のことではあり得ないという(前示当審付加主張(2)の前段)。しかし、被控訴人がつけていた詳細な日記(甲六九号証)の記載を子細に検討すると、被控訴人が原審及び当審で同月八日の護送の際には車椅子が使われたように述べていたことは本人の記憶違いであり、車椅子が初めて使用されたのはその次の四月二〇日の護送の際のことであることが明らかである。そうすると、被控訴人の右手紙の記載が四月一日のことを述べたものであると速断することはできない。

証拠(甲六九、甲七〇、原審及び当審での被控訴人)によると、次のように認められる。

本件護送当日(四月一日)は、被控訴人は前開きのできないトレーナーを着用していた。手錠と前腹部の腰縄の結び目との間も短かったために、両手錠を上着の下に完全に隠すことは物理的に困難であった。被控訴人は外来患者らに手錠が容易に見え、両手錠・腰縄付で護送されていることが一見して分る状態で多数の外来患者らのいる廊下を連れ歩かされた。

これに反する原審証人坂本の証言は採用できず、乙五号証の前記記載も以上の認定を左右するに足りない。

3  次に、控訴人の当審付加主張(2)の後段で、護送職員が被控訴人の前後を挟んで歩き後ろの職員が片手を被控訴人の腰背部に密着させたのが被控訴人の名誉感情を配慮したものであるという。しかし、そうであるとしても、それが病院待合廊下の公衆にとって「異様」と映るものであることは否めない。そうなると、手錠を隠す手段がない以上、被控訴人が両手錠・腰縄付きで護送されていることは一見して明らかであるから、控訴人主張の配慮のみでは被控訴人の名誉感情に対する配慮として十分なものとはいえない。したがって、この点も、前記引用にかかる原判決の説示を正解せずに非難するものであって採用できない。同(3)及び(4)の主張も、右引用にかかる原判決の認定事実に照らして採用できない。

また、同(5)の主張は、甲六九、七〇号証、乙五号証及び当審における被控訴人本人尋問の結果に照らして、採用できない。

三  損害額について

1  慰藉料

証拠(甲六九、七〇、被控訴人(原審及び当審))によると、被控訴人は、平成三年以来勾留直前まで同病院眼科に入院し、病院関係者や入院患者などの知人も多かった。そのため、本件護送行為によって同病院内で、公衆の面前をあえて両手錠・腰縄付で引回されたと感じて深い屈辱感と多大な精神的苦痛を受けたことが明らかである。しかし、他方、護送を担当した坂本らは、不十分とはいえ、護送の際に私服を着用したり、腰縄をトレーナーの下で結んでその端を密着して持つなどの配慮をしており、同人らが殊更に被控訴人の手錠・腰縄を公衆の目にさらして引回しを行ったとは認められない。また、被控訴人の感じた精神的な苦痛のかなりの部分は、かねて面識があった医師や看護婦その他の病院関係者に手錠・腰縄姿を見られた点にあることが明らかであるが、この点についての屈辱感は、被控訴人において受忍するしかない性質のものである。その他、本件護送行為の態様、廊下や待合室にいた外来患者の数、被控訴人が両手錠・腰縄付で歩かされた距離、時間、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、被控訴人に対する慰藉料としては、金一〇万円が相当である。

2  弁護士費用(当審拡張請求)

被控訴人が、本件訴訟の提起を弁護士である訴訟代理人らに委任し、相当額の弁護士費用の負担を余儀なくされたことは、弁論の全趣旨に照らして明らかである。そして、本件訴訟の認容額等諸般の事情を考慮すると、右負担を余儀なくされた弁護士費用の内少なくとも金三万円は、本件加害行為と相当因果関係があるものとするのが相当である。

四  結論

以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、金一三万円(そのうち金三万円は当審拡張請求分)及びこれに対する加害行為の日である平成四年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。

そうすると、本訴請求のうち原審請求分として 金一〇万円及びこれに対する付帯請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却する。そして、附帯控訴に基づき原判決を主文二項のとおり変更する。訴訟費用の負担については民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言については同法一九六条を適用し、仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官小田耕治 裁判官細見利明)

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